こんなに書かない日が続くと・・・

 ちゃんと生きてます(笑)。

 歳かなあ。50になりました。私、自分の年齢を公表することに抵抗無し。だって、事実だし。ただ、自分で言うのも何ですが、ぱっと見、50には見えない。目の前にいるのは、ずっと歳が変わらない子どもたち。

 50になって考えることはいろいろあるけれど、気楽に生きていくことが何より。

 次は、いつ更新するか分かりませんが、それまでがんばります。

やる気に火をつける教師

 夏休みが終わり、2学期が始まります。

 今のクラスは、「いっぱつくん」がいっぱい(笑)。過去、こういうクラスは、1回だけ。そのクラスは、最初手こずりましたが、とてもおもしろいクラスになりました。

 担任が単年度になった今の学校で、クラスを作っていくのは、時間を気にしなくてはならなくなりました。クラスの特性をできるだけ早めにつかみ、課題を明らかにして、どんどん手を打って、その中の一つでも子どもたちにヒットすれば、それから先は、子どもたちが自分たちで動き始める、と思っています。

 1学期にヒットしたことを探ろうと、夏休みの個人懇談で親から話を聞きました。予想外に多かったのが、私が朝に話す約5分間の話。

 8時25分に始業して、健康観察と1日の確認。だいたい30分から35分まで、私のおしゃべりの時間。

 その日のトピックをそれなりに考えてはいますが、実は、その場で考えていることがほとんど(汗)。

 最初は、

「この先生、話、長っ」

と思っていた子どもも、6月頃から聞くようになったらしいとは、保護者からの情報。

 私の朝の話を、家で親に話をしているとのこと。

 中には、それを聞いた昨年担任していた弟が「そうそう」と相づちを打ちながら、私の話で盛り上がるとのこと。

 おしゃべりも役に立つものです(笑)。

 子どもたちに話をするということ。

 子どもたちは、話を聞きたがっていると思います。自分が知らないことを聞きたがっている。

 だからといって、話すことは何でもいいかというと、そんなことはない。つまらない話は、眠たくなる(笑)。

 言葉が相手に届くためには、相手のニーズにヒットするかどうか。

 楽しくなりたい。
 笑いたい。
 より深く知りたい。より深く考えたい。
 良くないことを良くしたい。

 大人も一緒。興味を持つことを話してもらったら、時間を忘れて聞き入る。

 「いっぱつくん」は、こんな話を、聞くのも話すのも大好き(笑)。

 今を変えたい、もっと良くしたいと思うエネルギーが、ものすごく高い。そこを刺激してあげる。

 知的好奇心。

 満たしてあげられているかなあ。

 教師が子どもの学習を準備しすぎると、子どもたちは考えなくなる。ただ、その課題をこなすだけ。しかも、教師が求めるパフォーマンスを忠実に行えるようになる。しかし、自分で考えてごらんというと、動けない。

 一方、何も準備せず子どもたちに丸投げ、もしくは、子ども(学習者)の実態を無視してマイペースで学習を進めても、それもまた子どもたちはつきあい、何も考えなくなる。

 バランスって、難しい。

 大先輩の先生が教師に必要なことを話していただいたことがあります。

「学校の短い時間の中で子どもたちの力を伸ばそうなんて、難しい。でも、子どもたちに興味を持たせることはできる。教師の仕事は、子どもたちのやる気に火をつけることだよ」

 やる気に火をつける。

 子どもたちが知らない世界を知ると、どんな未来が待っているか、この学習をしたらどんな未来が待っているかを語ること。

 そのためには、教師がどんな話を子どもたちにするか。

 私が、子どもたちが興味を持てる話ができているとするならば、それは、私に教えてくれたみなさんのおかげ。話のネタ元は、その多くが、食育を通じて知り合った皆さんからの情報。

 つながるって、楽しい。

 子どもに火をつけるには、一人ではできない。教師が学校から出て社会とつながること。そこには、子どもたちに伝えたいことが、たくさん広がっていました。

 私自身が、みなさんから火をつけられました。

 学ぶって、楽しい。

 2学期も、朝のおしゃべり、続けます。でも、どんな話を家でしているか、今でもドキドキです(笑)。

親と教師がつながること

 個人懇談をしていて、気づくこと。

 意外と、我が子の事に気づけていない。

 毎日、一緒に生活しているにも関わらず、「えっ、そこ?」と思うようなことも、分かっていないことがある。

 なぜ?

 話を聞くと、子どもの状況を判断する材料が、マスコミ情報であったり、ママ友情報であったりしている。

「この歳になるとできることが、できない」

 一般的と言われている物差しで見てしまう。子どもそれぞれ、発達のスピードが違い、得意不得意があることに、気づけない。

「小学校に入る前から勉強させないと。勉強が遅れたらかわいそう」

 ママ友情報を、冷静を装いながら聴き、内心焦る。

 誰かに相談すればいいものも、相談する相手もいない。

 現代の親は、孤独なんだ。

 3世代同居は激減した。地域での人間関係が薄くなった。情報は次々とやってきて、ひとつひとつを丁寧に精査することもできず、流されてしまっていることも多い。

 仕方がないと、あきらめてしまっていることも。

 情報に流されない子育てをするためには、子どもを見守る目が多い方がいい。多くなると、面倒なことも増えるけれど、多い方がいい。

 なぜなら、子どもは、親とは別人格だから。

 自分の子どもは、思い通りになるなんて、そんなことは、ねえ。自分を振り返ったら答えはわかるはず。

 言うことを聞く子どもはいます。思春期前まではね。思春期前までは、子どもたちは大人につきあいます。無理にではなく、そういうものだと思って、つきあいます。

 子どもが大人勝りの言葉を話すとき、その子どもの周りで、そういう言葉を話している大人がいることが多い。その言葉を深く理解していなくても、理解しているかのごとく使う。

 模倣と模範。

 子どもたちの環境は、すべてが先生。学校の先生が教えることなんて、人生のうちのほんの一部。親の方が、もう少し影響力は大きいかもしれないが、それでも一部。子どもたちは、社会の中から、たくさんのものを、良いも悪いも分からず学んでいる。

 そんな子どもに、自分の価値観だけで子育てをしようなんて、最初から無理なこと。

 子どもを見つめる目が、いくつあるか。

 子どもを見つめる目は、同時に親にも向けられる。親に向けられた視線は、緊張感を生む。その緊張感が、子育てには大切。緊張感のない子育ては、独りよがりになって、暴走しがち。

 子育ての方法。昔は、選択肢なんてなかった。そうするもの。だから、困っていた人たちも多くいたのだろう。

 しかし、現在は、選択肢がたくさん。親が、子育ての方法を選べるようになった。

 選べるって、すばらしい!

 だけど、一方でこれが、不安を増幅した。選択肢は、効果的なものもあればあきれるものもある。個々によって効果が違うものもある。星の数ほど出てきた選択肢を前に、親は悩み続ける。でも、親として振る舞わなくてはならない。だから、流行に乗る。独善的になる。

 でも、人が人を育てることに違いはない。人と人とがつながって、よってたかって子ども育てにかかる。ああでもない、こうでもない、こうしたらいい、ああしたらいい。大変なことも増えるけれど、こういうコミュニケーションが、親がその子どもを育てることを考えるきっかけになる。

 父親母親の協力は、欠かせない。片親で無理?そんなことはない。そこにとどまることなく、親が、外へと意識を広げることが大切。

 ママ友。職場の同僚。地域の知り合い。公的機関の相談窓口。子育てサークル。

 もちろん、おじいちゃんおばあちゃんも。

 それでも、関わりが持てない親もいる。持ちたいけれど、持てない親もいる。

 残る砦は、学校。義務教育期間中は、子どもを学校の教師が見守る。

 親と教師がつながること。

 人間関係が薄くなってきた現代においては、大切な関係。いろいろな問題を解決していくために、親と教師の関係を構築していくことは、大切なことだと思います。

 私にとっての個人懇談は、よってたかって子どもを育てていく一部になりたいという思いから取り組んできた。関係性が薄くなった現代社会で、公教育の教師としてできること。

 つながる。

 今、とても求められていると思います。

子どもをぎゅっと抱きしめる

 子どもをぎゅっと抱きしめる。

 誕生してすぐは、恐る恐る横だっこで、ぎゅっ。

 寝返りを打ち、ハイハイを始め、つかまり立ちからの最初の1歩。小さい子どもを縦だっこで、ぎゅっ。

 歩き始めて、走り始めて、向き合って、ぎゅっ。

 次第に大きくなり、べったりくっついていたのが、手をつなぎ、少し離れて、目の届くところを走り、そして、親の目の届かないところで生活し始める。

 子どもは、どんどん離れていく。

 手は、離さなければならない。いつまでも、近くにいて欲しいと思うが、子離れは、生まれたときから始まっている。

 けど、なかなかできないのだ、これが。可愛いからね。

 どんどん離れていくに従って、子どもは自分の気持ちを主張してくる。それが親の気持ちと合致すれば気持ちがいいけれど、違っていれば心がざわつく。

 主張するようになるからといって、1人で生きていけるわけではない。

 1人で生きていくための練習を始めただけ。

 しかし、親は焦る。

 離れていったような気持ちになる。

 でも、子どもは、まだまだ抱きしめて欲しい。

 離れていく子どもに、親は、いろいろなことを要求する。

 学力を、体力を、気力を、忍耐力を…。

 パワーを身につけることを要求する。

 社会で生きていくために、必要なこととして。

 でも、まだまだ弱い存在。主張は、1人で生きていくための練習なのに。

 子育ては、思春期の入り口まで。それまでは、食べ物を自分で手に入れることができないと、子どもは無意識に自覚しているらしい。

 食べ物を自分で手に入れないと思っている子どもは、食べさせてくれる人を、無意識に大切にする。

 親の要求に応えようとする。従順に。子どもは、育ててくれている人が好きになるように、あたかもプログラミングされているかのごとく。

 だから、いい子でいたい。誉められる存在でいたい。

 しかし、育てられている最中の子どもは、だれもが上手くいかないし、だれもが弱い存在。

 どんなにやんちゃでも、どんなに寡黙でも、どんなにわががまでも、どんなに賢くても、どんなに活発でも。

 子どもは、不安でいっぱい。不安の固まり。

 大人が思っているほど、子どもって、強くない。強がって見えるのは、1人で生きていくための練習がなかなか上手くいかないから。

 弱いからこそ、守って欲しい。

 強がっている子どもも、守って欲しい。

 どんな子どもも、守って欲しい。

 だから、ぎゅっと抱きしめる。

 言葉は、いらない。

 ただ、ぎゅっと抱きしめる。

 それで、気持ちは伝わるはずだから、ね。

 三つ子の魂100まで。

 いろいろな解釈があるけれど、幼い頃に、たくさんぎゅっと抱きしめられることが、安心につながり、生きていく上で心の支えになることなのではと思う。ずうっと、ずうっと。

 見守るのは大人。見て欲しいのは子ども。

 もしも、子育てで迷ったら、ぎゅっとしてみる。それだけで見えてくるものも、意外とあるもの。

みそ汁の日

 食育の活動では、おもしろいことがたくさん。

 「弁当の日」に取り組み始めた頃、私と同じく積極的に活動していた長崎の先生が始めた実践。

 みそ汁の日。

 朝、子どもたちにみそ汁を作らせる取り組み。

 「弁当の日」は、年に数回。それを、毎日の食卓でも可能な取り組みとして開発。

 みそ汁は、小学校5年生の家庭科で学習。学校で学んだことを、そのまま家庭で生かす。学校教育の王道。理想的な展開としての取り組み。これなら、反対の声も小さそう。

 通常、学んだみそ汁を家で作るにしても、夕ご飯で作ることが多い。それも休みの日。取り組んでも、1回、もしくは数回。ブームが過ぎると、作ることもなくなる。

 しかし、このみそ汁の日は、朝食で作らせる。しかも平日の朝。1週間で取り組む日数は、子どもたちがおのおの設定。

 しかもこの学校、遠い子どもは、学校まで歩いて1時間ほどかかる。7時には家を出ないと遅刻。その環境で作らせるのは、なかなかハードルが高い。

 しかし、先生は作らせた。

 子どもたちは、みそ汁を作った。

 そこでの、発見。

「私は、食卓の空気も、一緒に食べている」

 自分が作ったみそ汁を、おいしいと食べてくれる家族。自分が役に立っているという実感。

 みそ汁の日に取り組んだ子どもたちの話を聞いた。自分が役に立っていることで自信を持ち、家族に支えられている安心感を持った子どもは、胸を張って、自分が取り組んだことを大人に発表した。

 自信と安心。

 この取り組みの効果の高さを感じた私は、自分のクラスの子どもたちにも、提案した。

 私の食育の基本姿勢は、「自分ができることしか、子どもたちには伝えない」。

 自分ができもしないことを、子どもたちに伝えるなんて、できるはずがない。

 子どもたちに提案した次の朝から、私のみそ汁作りが始まった。毎日、朝食のみそ汁を作った。

 大変!

 「いっぱつくん」にとって見れば、毎日のルーティンワークは、できることならご遠慮願いたい(笑)。

 「こつこつくん」から、だから「いっぱつくん」は、ダメなのよという声が聞こえてきそう。

 それでも、子どもに伝えたのだから、やらなければ!と、毎日作りました。こうやって「いっぱつくん」の、「こつこつくん」トレーニングは行われるのだと、妙に納得。

 私の提案に、クラス全員が応えたわけではない。私も自信がなかったこと。実践のすばらしさは感じていたが、できるかどうか半信半疑。

 その中で取り組んだ1人の子どもに、素敵な出来事が起きた。

 みそ汁作りに興味を持って作ってみた。朝は早く起きて作ったみそ汁を、家族で食べた。それまで、仕事で遅く帰ってくる父親は、家族と一緒の朝食をとることはなかったが、娘が作ったみそ汁ならばと、一緒に食べるようになった。

「おいしいね」

 その一言がとても嬉しかったその子は、その後も作った。

 しかし、朝は、バタバタしてしまう。そこで、前日の夜に、具を煮るところまで作っておいて、次の日の朝に火を通して味噌をといて仕上げた。

 おいしいといってくれる家族に、もっとおいしいみそ汁を作りたくなった子ども。

 知り合った大学の先生から、昆布と鰹節から出汁を取ると、植物性と動物性の両方のうまみが得られる事を知った。

 それまでは、化学調味料を使った粉末の出汁を使っていたのを、昆布と鰹節にチェンジ。

 父親は、その変化にすぐに気づき、

「またまたおいしくなったねえ」

と誉めてくれた。

 これが決め手となったその子は、卒業まで、自分のペースでみそ汁を作り続けた。

 中学校の入学式の朝。小学校の時に作った味噌を使って、自分でみそ汁を作ったそうだ。

 日常生活の中でできる食育。

 子どもたちは、食卓で食べ物を食べるだけでなく、空気も食べている。

 誰かに喜んでもらえる体験は、子どもの成長を支える。 

「食卓の向こう側」との出会い

 突然で偶然の出会い。

 そんなことの連続だった様な気がします。が、その中でも、人生を変えた出会いといえは、これにつきます。

「食卓の向こう側 第1部 第1話」西日本新聞朝刊 2003年12月17日

http://www.nishinippon.co.jp/nnp/lifestyle/shoku/rensai/post_17.shtml

 朝、いつものように何気なく広げた新聞。1面の左側に新しい連載が始まった。読んでみると、福岡市西部が、私が仕事をしている学校の地域と重なる。そこに書いてあった家族の生活。普段、子どもたちと一緒に生活をする中で、何か生活に課題がありそうだけれど、それが何だかはっきりとしていなかった私に、その事実は、衝撃だった。

 食が後回しにされる生活。

 子どもたちの食生活環境が変われば、子どもたちの育ちに何らかの変化が起きるのではないか。

 直感でした(笑)。

 「いっぱつくん」ですからね。早速、記事をプリントして、子どもに配布。読ませて、感想を書かせた。

 ここまではひどい食生活でなくても、部分的には同じようなことがある子どももいました。第1部の連載は、全て子どもたちに配布。その後、第2部、第3部と、連載を使った学習は続いた。(授業で扱う時間はないので、もっぱら、家庭学習でしたが。)

 こんな学習をやっていることが、食卓の向こう側の記者に伝わりました。

 学校に突然の電話。2004年6月

「先生、よかことしよりますなあ。何でも協力しますよ」

 マスコミとの接触なんてほとんど無かった生活に、サプライズな出来事。

「じゃあ、ゲストティーチャーで話しに来てもらえませんか」

 この電話が、その後の私の生活をがらっと変えました。

 今では、食育の先生といわれることも多くなりましたが、最初から食育に熱心に取り組もうなんて、少しも思ってなかったんです(笑)。

 それからというもの、たくさんの人たちに出会い、たくさんの事を教えてもらい、たくさんの元気づけていただき、たくさんの実践をし、たくさん楽しい思いをし、たくさん学級担任としてはあり得ない体験をさせてもらいました。

 その中でも、この出会いは、別格。

子どもが作る「弁当の日」

 子どもが弁当を作る。親は手伝わないでと、香川県で始まった実践。

 これを福岡市で初めて取り組んだのが、私。

 その時の担任は4年生。家庭科が無いので学校でも教えることができず、しかも、自分だけ自分の学年だけ給食を止めるなんて、できるはずもなかった当時。考えたのが、

コース別「弁当の日」

 「全部作る」「手伝ってもらう」「おかずを詰める」「感謝の気持ちを伝える」の4つのコースを設定して実施。これが「弁当の日」で初めての取り組みとなり、仲間のみなさんがいつからか「イナマス方式」と命名していただき、今では、多くの学校で取り入れられるようになりました。

 突然で偶然な出会い。

 それを生かせるかどうかは、その人がどんなアンテナを張っているか。アンテナがつかんだことを、実践に移せるか。

 これって、「いっぱつくん」的な要素がなせる技。石橋をたたいていたら、チャンスはどんどん逃げていく。

 これっ!と思えるかどうか。

 そういう反応ができるところが、「いっぱつくん」。

出会いは、いつも突然で偶然

 台風な1日。それでも仕事(涙)。やんなくちゃいけないことはあるので、それはそれで助かりました。昼からは会議を行う予定でしたが、結局延期に。

 さてさて、すてきな「いっぱつくん」とすてきな「こつこつくん」を育てるために。

 学校でできることの提案として、次のことについて書きました。

○ワールドカフェ
○プロジェクト学習
○学び合い

 私が、この3つの実践に出会ったきっかけは、

 人との出会い。

 それも、突然で偶然な出会いから。

 ワールドカフェは、西日本新聞セミナーで。

「先生には、これが出来るようになってほしい」

 突然なじみの新聞記者の方に紹介してもらったことが、取り組んでみたきっかけ。やってみたら、授業に足りないことが、そこにありました。

 セミナーには、学校の教師は私くらい。うどん屋の大将は宮崎から参加し、大分の行政マンも駆けつけ、PTA活動を行っている消防士も、福岡で草の根的にいろいろな活動をされている方も、彼らが行っている事業をブラッシュアップさせるための効果的な手段として、セミナーに参加していました。

 学校の中だけではない、刺激。

 学ぶ場は、学校だけではない。社会のあちらこちらにある。そこに、志を持って参加している方々と机を共にすると、そこに例えようもないエネルギーが発生し、それも一緒にいただいてくる。

 プロジェクト学習は、偶然の出会い。

 今から14年ほど前の夏休み。神奈川県茅ヶ崎市の浜之郷小学校のセミナーを受けに行きました。前日の午後、時間があるので、他に教師向けのセミナーがないか探したら、板橋区の小学校の校内研修を一般に公開する情報をキャッチ。参加することに。プロジェクト学習の研修でした。

 それを受けたくて行ったのではなく、ある意味、時間調整、だったはずが、私の教師人生を変えました。

 痛恨にもセミナーの会場に5分遅刻。駅を間違えて時間ロス。走り込んだら、何と、九州から来るからと、講師の鈴木敏恵先生が待ってくれていました。校内研修なのに申し訳なかったです。

 学んだプロジェクト学習は、総合的な学習の時間の可能性を、ぐっと広げてくれると直感。2学期に入って、学年の先生に相談して、取り組むことに。そのことを鈴木先生にメールすると、

「すぐに、電話して!」

 添付された電話番号に急いで連絡をすると、即席のプロジェクト学講座。私の質問に次々と答えていただきました。

 結果的に、総合的な学習は充実した取り組みになりました。

 学び合いも、偶然の出会い。

 東京で結婚式があるので、どこかの学校を見ることができないかと同僚の先生に相談。すると、浜之郷小学校を紹介してくれました。

 HPで見てみると、偶然にも、結婚式の前日に公開学習が行われるとこのこと。すでに締め切ってあったのを、無理にお願いして参加。

 そこで衝撃的な授業に出会ったことは、以前書いたこと。

 この3つとも、突然で偶然の出会い。

 出会いが、ここまで私にとって大切なものになるとは、人生っておもしろい(笑)。

 でも、ただ突然で偶然というだけでもないような気がします。

 きっと、その時に私の中にニーズがあって、それにフィットしたのだと思います。それに私が惚れ込んだ。

 これで授業が変わる!とどれもで直感。

 たぶん、出会いは、必然だった。

 必要と思うことをイメージしていると、そのアンテナがキャッチする。キャッチしたら、やってみようとする行動力。いろいろと困難なことはあるけれど、とにかくやってみる。

 これって、「いっぱつくん」思考(笑)。

 今、この3つの事に出会っていなかったらどうなっていたかなんて、想像も付かない。

 惚れ込んだ私の話を、子どもたちが最初に聞いたときは、暑苦しかったろうなあ(笑)。